令和3年7月1日 瀬在 快衣
いよいよ梅雨に入りました。木々の緑はいっそう色鮮やかになりました。教会の庭木は植栽管理をしてくださる壮年さん達のおかげで、大変美しく整えられています。
暑い中、自主的に作業をして下さっています。本当にありがとうございます。
6月は各支部で水子供養を執り行って下さいました。昨年はできませんでしたので一つ一つできることが増えて有難いです。
6月13日(日)教会役員指導会
昨年中止になった教会役員指導会がライブ配信で行われました。
コロナ禍の中で教会が閉鎖され、お役が以前のようにできなくなり、教会は不要不急なのか、信仰とは何か、多くの教会役員が悩み、考える時間を与えられました。
光祥さまからは、様々に悩んで、葛藤する心こそが不要でないことの証明であり、魂のレベルで考えると宗教は絶対必要である人間の心、人の心は止まらない。だからこそ信仰をしていくことが大切とお話し頂きました。
また、会長先生からは私達は仏道という「型」を通して自らの我を取り去り、先人の教えて下さった慈悲の心という「型」を繰り返し稽古して身に着けてきた。今こそ家庭での最大の修行ができる時です。
そして、神仏に向かって合掌し、礼拝する心こそが信仰です、とご教示頂きました。
7月の予定
盂蘭盆会 7月15日(木)
各家でご供養。
戒名用紙は回収しお戒名室に奉納させて頂きます。
『佼成』7月号
会長法話
「慈しみの眼をもって」
「慈眼をもって衆生を視る 福聚の海無量なり」慈悲の眼で衆生を視れば無量の福が聚まるというのですが、慈悲の眼で世間や人びとを見るとは、どのようなことを大切にする見方なのでしょうか。
前号で、観音さまとは自分自身のことに他ならないと学びました。だからこそだれの中にも観世音菩薩と同様の深い慈悲心が流れていると見ることです。自分がすべてのものと一体であるという見かたに徹していれば、自分が愛しいと同様に他も愛しくてたまらぬようになるのです。そしてなんとかしあわせにしてあげたい、こうもしてあげたいと考えます。それが、無量の福を呼ぶ慈しみの眼といえるのです。
観音さまがあらゆる時と場所に現れて救いの手立てを示すと教える「普門示現」の世界は、私達がいたわりや思いやりという行動をした時に立ち現れてきます。私達一人一人が観音さまであり、菩薩なのです。
遠くの光は、どんなに光量が豊かでもなんの救いにもなりません。そのかわり、どんなに心細い光でもすぐ前にあれば、それは大いなる救いとなります。私たちは足元を照らす灯りとなって、観音さまのように人さまを救いたいものです。
自分の願いとして人を思いやるならば、そこに大勢の菩薩が生まれて、みんなが幸せになれますよと、観音経は私たちに励ましと救いを与えてくれます。
教会長法座
7月 ご供養終了後
7、8、13、14、22、23、29日
どなたでも参加できます。
お待ちしています。
甲府教会 壮年部長
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